2022年(第29回)受賞者
氏名 | フェリシア・キーシング Dr. Felicia Keesing |
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生年月日 | 1966年1月24日生まれ(56歳) |
国籍 | アメリカ |
所属・役職 | バード大学 教授(生物学) |
授賞理由
フェリシア・キーシング博士は、自然生態系を構成する生物の種多様性とそこに存在する人獣共通感染症病原体が人間社会へ伝播することのリスクとの関係性を、様々なフィールドにおける調査に基づいて研究してきた生態学者である。
近年発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の地球規模での感染拡大は、人類社会に未曽有の混乱をもたらし、生活や経済に莫大な影響を与えた。このような地球規模での健康上の危機を経験して、我々は、人間と野生生物との関係の在り方を根底から見直す必要があることを認識するに至ったが、博士は、自然生態系において、種多様性が減少することにより、新興感染症や再興感染症の脅威が増すことを早くから指摘してきた。
博士は、生物多様性の保全と人獣共通感染症病原体の伝播との関係を、ニューヨーク州などアメリカの北東部とアフリカのサバンナにおけるフィールド調査と室内での実験的な研究などを長期間継続することによって、病原体が種を超えて伝播する生態学的メカニズムにまで掘り下げて解明した。多様な生物種の存在する生態系は、多様な病原体の温床となり得る半面、ある病原体に感染しない生物種が多数存在することで、その病原体の生態系内での増殖と拡散が阻害され、生態系内での密度が低位に保たれる(希釈される)ことによって、人など本来の宿主以外の種の感染症のリスクが総体として下がる場合が多いことを実証的に提示した。また、自然生態系に人間が侵入すると、一般的に大型哺乳類が減少するため小型哺乳類(げっ歯目、食肉目等)の生息密度が上昇するが、これらの動物は多くの人獣感染症の宿主でもあるため、人獣感染症の人への感染率が高くなることも示した。
博士は、これまで一貫して、保全すべき生物多様性の範囲と一義的な有効性を決定する単一の普遍的方法は、存在しないと主張してきた。そのような単一の解を求めるのではなく、さまざまな要因の複雑な関係、すなわち感染メカニズム、生息地の特徴、病原体の生態学的親和性等を綿密に調査することによって、はじめてそれぞれの地域に適した、「生物多様性の保全がなぜ必要なのか」という問いに対する新たな視点と科学的厳密性に基づく解決策を見出すことができるというのが博士の見解である。
また、博士は専門家のみならず、非専門家であっても研究成果の論文やデータに容易にアクセスすることができる「オープンサイエンス」の推進者としての活動を活発に行っている他、同僚研究者らとネットワークを形成し、中学・高校から大学の学部生、大学院生に至るまでの若い研究者たちへの教育にも努めている。博士による学生や一般市民等とのこれらの関わりは、社会的にも重要な意味を持つものである。
博士の一連の研究成果は、すべての生命体の相互関係を解明しようとするコスモス国際賞の趣旨に合致すると共に、生態学・公衆衛生学に亘る学際的なアプローチは、今後の「自然と人間との共生」の航路を探るうえで、極めて意義深く、ポストCOVID-19時代に必要な「ニューノーマル」の確立にも深く示唆を与えるものと思われる。
以上のことから、フェリシア・キーシング博士の業績はコスモス国際賞の授賞に相応しいと評価した。
学歴
1987 | スタンフォード大学 学士 |
1997 | カリフォルニア大学バークリー校 博士 (統合生物学) |
職歴
1997-2000 | シエナ大学 助教(生物学) |
2000-2003 | バード大学 助教(生物学) |
2003-2012 | バード大学 准教授(生物学) |
2012- 現在 | 現職 |
主な論文・著書
Richard S. Ostfeld, Felicia Keesing, and Valerie T. Eviner eds. 2008, Infectious Disease Ecology: Effects of Ecosystems on Disease and of Disease on Ecosystems, Princeton Univ Pr